オウンドメディアの成功事例に共通するのは、自社の宣伝ではなく読者の関心事から出発し、独自の情報を長く発信し続けている点です。この記事では、目的の異なる10社の事例を取り上げ、成果につながった理由を1社ずつ見ていきます。
「他社はどうやって成果を出しているのか」「自社の規模でも真似できるのか」。オウンドメディアの立ち上げや立て直しを検討するとき、まず知りたいのはこの2点だと思います。そこで本記事では、有名事例をただ並べるのではなく、各社が「何を目的に、なぜうまくいったのか」を分解し、最後に自社へ持ち帰るための手順まで整理します。
この記事でわかること
- 目的タイプ別に見る、オウンドメディア成功事例10社の中身
- 規模や業種を問わず共通する成功要因
- AI検索の普及で、オウンドメディアの価値がどう変わっているか
事例を見る前の予備知識
成功の定義は目的で決まる
オウンドメディアの「成功」は、どのメディアにも共通する単一の物差しでは測れません。何を目的に運営しているかで、見るべき成果が変わるからです。
事例を整理すると、目的はおおむね次の4タイプに分かれます。
- リード獲得型:検索経由で見込み客を集め、問い合わせや資料請求につなげる
- ブランディング型:企業の考え方や姿勢を発信し、認知と好意を育てる
- 採用広報型:働く人や文化を見せて、応募の量と質を高める
- 販売一体型:メディアで育てたファンが、そのまま自社の商品を買う
この記事の10事例も、このタイプ分けに沿って紹介します。自社の目的に近いタイプの事例から読むと、参考にしやすいはずです。
事例の読み方の注意点
有名事例を参考にするときの注意点を、先に2つ挙げておきます。
- 表面ではなく構造を見る。「動画をやっているから真似する」ではなく、「なぜそのチャネルがその会社の読者に合うのか」まで遡って考えます
- 現在の姿は長年の蓄積の結果。多くの成功メディアは、成果が見えるまで数年単位の継続を経ています。立ち上げ直後の自社と、完成形をそのまま比べないことが大切です
なお、オウンドメディアはコンテンツマーケティングという活動全体の中の「置き場所」にあたります。全体像から確認したい方は、コンテンツマーケティングとは?AI時代の始め方を先にご覧ください。
成功事例10選
トヨタイムズ(トヨタ自動車)
日本最大級の企業が運営するブランディング型の代表例です。トヨタ自動車が2019年に立ち上げた「トヨタイムズ」は、報道機関を介さずに、経営の考えや現場の動きを自社の言葉で直接発信するメディアです。テレビCMとWebメディアを連動させ、「企業自身がメディアになる」という発想を広く知らしめました。
成功要因は、発信の主語を「商品」ではなく「会社の考え方」に置いたことです。クルマのカタログ的な情報ではなく、経営者の発言や変革の途中経過という、そこでしか読めない一次情報を軸にしています。もうひとつは経営トップが発信に深く関与している点で、オウンドメディアが広報部門の周辺業務ではなく経営活動そのものになっています。
規模は別格ですが、「自社の考えを自分の言葉で直接届ける」という原則は、会社の大小に関係なく持ち帰れる学びです。
サイボウズ式(サイボウズ)
ブランディング型と採用広報型を兼ねた古参の成功例です。ソフトウェア企業のサイボウズが2012年に始めた「サイボウズ式」は、自社製品の紹介ではなく、「新しい価値を生み出すチーム」をテーマに、働き方や組織のあり方についての読み物を発信し続けています。
特徴的なのは、製品からあえて距離を取った編集方針です。多様な働き方を実践する企業としての発信が共感を呼び、製品の認知よりも先に「サイボウズという会社への興味」を育てました。その結果、採用への応募理由やブランドイメージの向上という形で成果が波及しています。
「売り込まないほうが、結果的に選ばれる」というコンテンツマーケティングの原則を、10年以上の継続で証明した事例と言えます。
北欧、暮らしの道具店(クラシコム)
販売一体型の代表例です。クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」は、北欧雑貨のECサイトでありながら、読み物・ラジオ・動画・ドラマ制作にまで広がる世界観型のメディアとして成長しました。メディアで育った読者が、そのまま顧客になる構造です。
成功要因は、商品を売る前に「フィットする暮らし、つくろう」という価値観を売っている点です。読者は商品検索ではなく「このメディアの世界観が好きだから」訪れ、日常的に接触を重ねたうえで購入に至ります。広告で新規顧客を買い続けるのではなく、メディアがファンという資産を蓄積するモデルです。
ECや店舗を持つ事業者にとって、「メディアと売り場は分けなくてよい」ことを示した点で、参考価値の大きい事例です。
キーエンスの技術情報サイト群
リード獲得型の徹底例です。計測機器メーカーのキーエンスは、「センサとは」「測定器」といった技術者の検索語に対応する解説サイトを複数運営し、センサーや測定の原理といった基礎知識を体系的に無料公開しています。
見た目の華やかさとは無縁の、実務直結型のメディア戦略です。技術者が仕事中に調べる疑問に真正面から答え、その先の詳しい資料をダウンロードしてもらう段階で連絡先を得て、営業につなげます。読み物として面白いかではなく、「調べたときに必ず出てきて、確実に役に立つ」ことに徹しているのが特徴です。
派手な企画がなくても、読者の業務上の疑問を網羅的に押さえれば強力な営業資産になる。BtoB企業にとって最も再現性の高いモデルのひとつです。
経営ハッカー(freee)
検索集客型の教科書的な事例です。クラウド会計ソフトのfreeeが運営する「経営ハッカー」は、確定申告・経理・会社設立といった、事業者が必ず調べるテーマの解説記事を積み上げてきました。
成功要因は、製品と検索テーマの距離が近いことです。「確定申告のやり方」を調べる人は、会計ソフトの見込み客そのものです。読者の疑問に答える記事が、そのまま製品の入口になります。また、税務という「正確性が求められ、素人には書きにくい」領域に専門性を持って取り組んだことが、他の雑多なメディアとの差別化になりました。
自社サービスの隣にある「読者が必ず調べる実務テーマ」を持つ会社なら、規模を問わず応用できる型です。
メルカン(メルカリ)
採用広報型の代表例です。フリマアプリのメルカリが運営する「メルカン」は、社員インタビューやチームの取り組み、社内制度の背景など、「メルカリで働くこと」を伝えることに特化したメディアです。
割り切りの明確さが特徴です。顧客向けの情報発信やリード獲得を狙わず、読者を「メルカリで働くことに興味を持ちうる人」に絞っています。入社後のミスマッチを減らし、カルチャーに共感した人が応募してくる状態をつくることが目的です。日常の社内の様子を高頻度で発信し続けることで、外から見えにくい「働く実態」を可視化しています。
採用競争の激しい業界ほど効く型で、求人票では伝わらない情報を資産化するという発想は、中小企業でもそのまま使えます。
Lidea(ライオン)
BtoCのブランディング型事例です。日用品メーカーのライオンが運営する「Lidea」は、洗濯・掃除・オーラルケアなど、生活者の身近な悩みに答える生活情報メディアです。
強みは、メーカーとして蓄積してきた研究知見を、生活者の言葉に翻訳して届けている点です。「商品の宣伝」ではなく「洗濯の悩みの解決」から入ることで、検索経由で幅広い生活者と接点を持ち、その解決策の中で自然に自社製品への理解が深まる構造をつくっています。社内の専門家が監修に関わることで、情報の信頼性を担保していることも特徴です。
自社に眠る専門知識を「顧客の悩み起点」で編集し直すという手法は、メーカー全般に応用できます。
SmartHR Mag.(SmartHR)
BtoB SaaSのリード獲得・ブランディング両立型です。人事労務ソフトのSmartHRが運営する「SmartHR Mag.」は、労務管理や人事制度、法改正への対応など、人事・労務担当者の実務に役立つ情報を発信しています。
成功要因は、読者を「自社製品の見込み客」である人事労務の担当者に明確に絞り、その人たちが業務で本当に困るテーマ(法改正・手続き・制度設計)を、専門家の知見を交えて丁寧に解説している点です。製品を使うかどうかにかかわらず役立つ情報を出し続けることで、「労務のことならここを見る」という第一想起を獲得し、製品検討時に選ばれやすい土台をつくっています。
freeeの事例と同じく「製品の隣にある実務テーマ」型ですが、法改正など読者の「今知らないと困る」タイミングを捉えた編集が加わっている点が学びどころです。
となりのカインズさん(カインズ)
小売業の話題化・ファン化型の事例です。ホームセンターのカインズが2020年に立ち上げた「となりのカインズさん」は、「ホームセンターを遊び倒すメディア」を掲げ、DIYや園芸、店舗の裏側などを、読み物として面白い切り口で発信しています。
特徴は、検索対策的な実用記事一辺倒ではなく、SNSで共有したくなる企画性の高い記事に振り切ったことです。小売業のオウンドメディアは商品紹介に寄りがちですが、同メディアは「読んで面白い」ことを優先し、結果としてカインズというブランドへの親しみと話題を生み出しました。書き手の個性を前面に出す編集方針も、企業メディアらしくない読み味につながっています。
「検索で拾う」だけでなく「SNSで広がる」を狙う設計もありうる、という選択肢を示す事例です。
ferret(ベーシック)
メディア自体が事業資産になった事例です。Webマーケティング支援のベーシックが運営する「ferret」は、Webマーケティングの基礎知識やノウハウを体系的に発信し、マーケティング担当者の学習の場として広く知られる存在になりました。
成功要因は、断片的なノウハウ記事の寄せ集めではなく、初心者が順番に学べる「教科書」としての体系性を持たせたことです。マーケティング担当者の間で認知が広がり、メディアそのものが自社サービスの信頼の証明として機能しています。自社が支援サービスを売る領域で「教える側」の立場を確立したことが、営業活動全体を後押ししました。
支援業・専門サービス業が「専門性の証明」としてメディアを持つ、という型の代表例です。
10事例に共通する成功要因
読者の関心が先、自社の都合が後
10事例を並べると、業種も目的もばらばらですが、共通点がはっきり浮かびます。
第一に、すべてのメディアが「自社が言いたいこと」ではなく「読者が知りたいこと・読みたいもの」から出発しています。キーエンスは技術者の調べ物、Lideaは生活者の悩み、メルカンは求職者の知りたい実態、というように、読者の関心事が編集の起点です。自社製品の話は、その答えの中に自然に含まれる形で登場します。
第二に、そこでしか読めない一次情報を持っています。トヨタイムズの経営の肉声、Lideaの研究知見、メルカンの社内の実態。どれも他社には書けない内容です。よそでも読める一般論の寄せ集めで成功したメディアは、10事例の中にひとつもありません。
目的の一貫性と、年単位の継続
第三の共通点は、目的がぶれていないことです。メルカンは採用に、キーエンスはリード獲得に割り切り、「あれもこれも」を追っていません。目的が明確だから、記事の題材選びも成果の測り方も一貫します。
第四に、どの事例も年単位で継続しています。サイボウズ式は10年以上、経営ハッカーもトヨタイムズも長期にわたって発信を続けてきました。オウンドメディアは公開した記事が積み上がって効いてくる資産型の施策であり、短期間で判断して止めれば、蓄積が生まれる前に終わります。継続できる体制を先に設計することが、事例から学ぶべき実務上の最重要点です。
失敗の側から同じ構造を確認したい方のために、続編として失敗パターンの記事も予定しています。まずは成功側の共通点を、自社の計画と照らし合わせてみてください。
AI検索時代に価値はどう変わるか
AIに引用される「一次情報の置き場」になる
この10事例の多くはAI検索の普及前に成功したものですが、いま立ち上げる場合には、当時と違う追い風があります。ChatGPTなどの対話型AIやGoogleのAI要約が答えをつくるとき、参照するのはWeb上の情報です。つまり、自社の専門知識や経験を体系的に公開しているオウンドメディアは、AIの答えに引用される候補になります。
ここで効いてくるのが、先ほどの共通点そのものです。よそにもある一般論はAIにとって引用する理由がありませんが、独自の知見・経験・データはAIの答えを裏付ける素材として価値を持ちます。「読者起点で一次情報を出し続ける」という成功メディアの原則は、AI時代にはそのまま「AIに選ばれる条件」になります。
一方で、検索結果の画面上でAIの要約が先に答えてしまい、記事がクリックされにくくなる変化も進んでいます。だからこそ、単に検索流入の数を追うのではなく、引用や言及を通じて社名・メディア名を覚えてもらい、指名で来てもらう流れまで含めて設計する必要があります。AI時代の集客チャネル全体の考え方は、AI時代のWeb集客の全体像と優先順位で整理しています。
量産コンテンツの価値下落は、むしろ好機
生成AIの普及で、それらしい記事の量産は誰にでもできるようになりました。これはオウンドメディア運営にとって脅威に見えますが、事例の構造から見れば逆です。量産できる一般論の価値が下がるほど、量産できないもの、つまり自社の現場にしかない情報の相対価値は上がります。
10事例が持っていた「そこでしか読めない中身」は、AIには生成できません。顧客から日々受けている質問、自社で試して失敗した記録、現場の数字。こうした素材は、実は大企業より現場に近い中小企業のほうが集めやすい面もあります。AI時代のオウンドメディアは、規模の勝負から「一次情報の質の勝負」へ寄っており、小さな会社にとってはむしろ参入の好機です。
事例を自社に活かす3ステップ
最後に、事例を眺めて終わりにしないための手順を3つにまとめます。
目的をひとつ選ぶ
まず、4タイプ(リード獲得・ブランディング・採用・販売一体)から主目的をひとつ選びます。10事例が示すとおり、成功メディアは目的を欲張っていません。「問い合わせも採用もブランドも」と全部を狙う計画は、題材選びと効果測定の両方を曖昧にします。迷ったら、いちばん経営課題に近いものをひとつ選んでください。
参考事例を「構造」で真似る
次に、選んだ目的と同じタイプの事例を手本にし、表面ではなく構造を写します。具体的には、次の3点を自社に置き換えて言語化します。
- 読者は誰で、どんな場面で何を知りたいのか
- 自社にしか出せない一次情報は何か(顧客の質問、専門知識、現場の記録)
- 読者との接点から、成果(問い合わせ・応募・購入)までの動線はどうつながるか
この3点が埋まらないうちに記事を書き始めると、量産型の一般論メディアに向かいます。
続けられる最小体制で始める
最後に、年単位で続けられる体制を先に決めます。専任チームは必要ありません。社内の一次情報を出せる担当者ひとりと、月に数本でも止まらない制作の仕組みがあれば始められます。立ち上げの具体的な手順やKPIの決め方は、コンテンツマーケティングの始め方5ステップで詳しく解説しています。
まとめ:共通点は再現できる
オウンドメディアの成功事例10社を見てきました。トヨタから中堅企業まで規模はさまざまですが、成功の構造は共通しています。読者の関心事から出発し、自社にしかない一次情報を、明確な目的のもとで年単位で発信し続ける。この原則に、業種や会社規模による例外はほとんどありません。
そしてAI検索の普及は、この原則の価値をさらに高めています。量産できる一般論の価値が下がる一方で、独自の知見を体系的に公開する場としてのオウンドメディアは、人にもAIにも「引用され、選ばれる」資産になります。事例の表面ではなく構造を持ち帰り、自社の一次情報を棚卸しするところから始めてみてください。